Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ありがとう、ばいばい。
「瞑想しよ。」
もっちが言った。
ここ最近のラブスピースでは、山の頂上に登って、その山頂でもうすでにこの人生において必要のなくなった関係、持ち物、感情、エナジーを、感謝とともに手放してさよならする、という瞑想をしていた。
わたしが山頂に着くと、そこで待っているのはいつもこのわたし自身。
そのわたしが、この瞑想をするたびに、どんどん幼くなっていた。
この前対面した山頂にいたわたしは、小学校の低学年のころのわたしだった。
固く結んだへの字口で、孤独感をありありとそこに漂わせながら、一人立っていた。
あまりに純粋で、近視眼な幼いわたし。
人に溶け込むことをしなかった、幼い頑固さ、幼い意志の強さ。
わたしは、そのころ世の中に人に不信感を覚えはじめ、孤独という感覚を味わっていた。
世の中や人が怖くて仕方がなかった。
幼いゆえの、まっすぐさだったのかもしれない。。
心を閉ざし、言葉を閉ざすことで自分を守った。
その恐れを感じないように。感じていることを忘れるために。
幼いことが悪いのではない。世の中が悪いのでない。
いいも悪いもはじめから、ない。
そういう体験を、感情を味わうとことで、わたしという神殿に乗ったスピリットが学びたかったのだ。
もう、いいよ、ありがとう。
その幼いわたしを抱きしめて、そしてさようならした。
もっちと瞑想するとき、ふと思いついたのが、誘導瞑想。
『新しい自分へと旅立つ瞑想』という誘導瞑想CDをかけ、二人並んでゆったり座り瞑想へ入っていった。
わたしは誘導によって、とても暖かい太陽の光が降りそそぎ、やさしくそよ風が髪をゆらす、美しい庭園に立っていた。
真っ青な大空が広がり、小鳥たちがさえずっていた。
穏やかで平穏な気持ちだった。しばらく、ゆっくり散策した。
やがて、愛用しているリュックが現れた。
そのかばんには、この先新しく出発するのに、すでに必要のないものが入っている。
リュックをあける。
外見を飾るアクセサリー類、そして数珠が出てきた。
それらには見覚えがあった。
今ではまったく身につけていないが、たしかにかつてわたしが身につけていたものや、結局使用することのなかったいただきモノ達だった。
外見を飾ったり、おまじないのように気運をモノに頼る必要は、この先生きるのには必要ない。
必要だと感じていた頃のわたしは、すでにいないのだから。
自分の価値は、誰かが決めてくれるのではなく自分自身が価値を決める。
自分がやりたいこと、必要なこと、大切なこと、その価値を他の誰でもなく自分が認めて決める。
それは同時に他人が大切にしていること、必要としていることの価値を認めることでもある。
しかしどこかに根深く、価値を外に求めたり気運や人任せなところがわたしの中にはまだまだあると、そのリュックからでてきたモノを取り出しながら感じていた。
きっぱり認識して手放してしまおう。
リュックが、大きいトランクに変わった。
ちょっと、開けるのに躊躇した。いったい何が出てくるの?
恐る恐るそのトランクを少し開けてみた。
その瞬間、心臓が「ドキ!」っとした。
なぜなら、人が中に横たわっているのが見えたから。
トランクのふたを開けると、そこに横たわっていたのは、わたしだった。
3〜4歳の、幼いわたしが目をつぶり、息をしていなかった。
怖くなった。自分の死体を目の前にして。
この反応は、今のわたしを表していた。
程なくして気が付いた。死体は自分のある部分が死んだというだけに過ぎない。
やはりすぐに思ったことは、幼かったときの頑固さや、他人や世間に対する大きい恐れの象徴だということだった。
【死体】活動しなくなった感情や、身体の反応。他人の意向で動くのは嫌だと、身体がいうことを聞かなくなりました。それは一歩前進なのだけれど、ではどうするかというところです。自分の心に尋ねることをしてこなかったので、自分望みも自分で引き出せません。少しの間、このままでいましょう。死体が腐り、分解して再生のための栄養になる行程が必要です。新しい自分を夢見て動けない自分にオーケーを出しましょう。
と、死体というシンボルがあらわす霊的な意味にもあるように、自分をかつて守ってきたと思っていた信念形態はすでに自分には適応しなく、必要ではないということには気が付いた。
気が付いてしまった。
では、どうするか?の段階に来ている。もう、動くしかない。新しく取って変わった信念に基づいた生き方に切り替えることが、自分にとっては心地よい。
純粋なものほど、実は弱くはなく、むしろ強いものだと気づかなければいけない。そして、そのように実際に行動し、生きたいと思う。
自分の亡骸を、そっとトランクから出した。
ありがとうと感謝をして。
すると、トランクはいつもの愛用しているリュックにまた戻った。
そして誘導に沿って、この先必要と思われる新しい荷物をその中に大切にしまった。
探求ノート。ペン。そして光輝く、エネルギーのかたまりのようなもの。
軽くなったリュックを背負って、歩き出した。
美しい庭園を抜ける小道を歩いた。
歩く先に、誰かが立っていた。わたしを優しく大きくつつ見込む優しく雄大な存在。
わたしのスピリットだと、すぐにわかった。
その存在はわたしを祝福するためにやってきた。わたしは、贈り物を手渡した。
わたしが贈ったものは、自分のハートだった。自分自身をあらわすそのものだった。
それは自分であるスピリットに、この顕在のわたしを明け渡すという意味が込められていた。
その存在は、喜んで大切そうに受け取った。
そして瞑想は終わった。
自己探求始めませんか?【7月】からの探求シップ受付中!
⇒http://mugenlove.blog51.fc2.com/blog-entry-11.html
↓クリックが、愛の拡大のサポートになります!ありがとう♪
精神世界ランキング
人気ブログランキング
ラブスピースのスゴイトコロ
Love Spiritual Peaceって?
d−spec Spicafe 情報6.28(土) d−spec セッション&Spicafe in 京都
http://mugenlove.blog51.fc2.com/blog-entry-792.html





07/08/21