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yonaguni diary 最後のクブラバリ

photo→Motch http://i-am.seesaa.net/
yonaguni diary 目次
http://mugenlove.blog51.fc2.com/blog-entry-810.html
最後のクブラバリの前に、キリストウォークをした。
前回と違い、今日の浜は晴れている。
雲と、太陽のアート。
虹が見える!
素晴らしく美しい。
キリストウォークが大好きになったわたしは、この時間が本当に心地よかった。
しかし、日没まであまり時間がない。
程なくして、車に乗り込みクブラバリまで急いだ。
わたしたちは与那国から明日の朝発つ。
クブラバリでのイニシエーションも、今日で最後だ。
クブラバリの駐車場で、Renを媒体に高次がすぐに現れた。
エナジー調整のあと、もっちと手を繋いでクブラバリの岩の割れ目までいつものように歩く。
岩までたどり着くと、3〜4m先の岩の割れ目の向こうにdozenが立っていた。
高次だ。
この旅を共にしてきた、サナンダの使いの者だった。
わたしたちは、お花に託しここに捨てていくものを声に出して伝えた。
すると、高次はこう言った。
「それらを本当に持っていますか?」
・・・・。
わたしは、固まった。
だって、持っているから捨てるのだ。
「持っています。」
わたしが答えると、高次は
「本当に?」
・・・。
そう言われると、自信がない。
「持ってません。」
思わず声が小さくなった。
高次は、にっこりと笑った。
本来の自己は、本当は捨てるものなど持っていない。
捨てる必要がある不要なものなど、もともと幻想なのだ。
「捨てる」というのは自我の視点。
「持っていない」というのは、高次の視点。
そのように後ほど、Renが教えてくれた。
なぜだか、岩にお花を放ち、その場を離れる時に涙がこみ上げてきた。
泣きたい。
堪えようかと一瞬思ったが、泣きたい気持ちを解放した。
声が出るほど泣けてきた。
もっちが、泣きたいときは泣いていいよとばかりに背中をさすってくれた。
ありがとう。
感動の涙なのか、感情の解放なのか。
わからないまま、わたしたちはその場でハグをした。
最後のクブラバリで観た最西端の空には、沈みゆく夕日と月が同じ風景の中にあった。
Renは、消えるものと現れるものを同時に見渡していると言ってた。
わたしにも、この言葉の本当の意味や深さをわかる時がきっと来るのだろう。
ホテルに戻って、もっちとお花を探しに再び外に出た。
昼間に自生のユリを摘んでいたのだけど、クブラバリのイニシエーションで岩の割れ目に置いてきた。
「最後まで、気を抜かないように。」
気を抜かない。
まだ、きっとイニシエーションはある。
つづく
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07/08/21